ウォーキング・ウィズ・エネミー(Walking with the Enemy)は『シンドラーのリスト』のオスカー・シンドラー(Oskar Schindler)や『杉原千畝 スギハラチウネ』の杉原千畝と同じように、ホロコーストからユダヤ人を救った人「ピンチャス・ローゼンバウム」のお話です。
第2次世界大戦における枢軸国と言えば、三国同盟のイメージからドイツ、イタリア、日本の印象が強いですが、実はこの3ヶ国に加えてハンガリー、ルーマニア、フィンランド、ブルガリア、タイなども同じチームだったんですよね。知ってた?
なので、ドイツのオスカー・シンドラーや日本の杉原千畝と同様、ピンチャス・ローゼンバウムは同じ枢軸国側にいたハンガリー生まれのスイスのユダヤ人です。一瞬複雑に聞こえますが、つまりハンガリーで生まれたスイス国籍のユダヤ教徒です。
基礎的な知識ですが、ユダヤ人というのはユダヤという国の人ではなくユダヤ教徒のことを指します。ユダヤという国はありません(イスラエルがそんなポジションです)。でも日本語でキリスト人とかイスラム人とか言わないのはなぜなんでしょう。
ちなみに検索ワードでピンチャス・ローゼンバウムを[ピンチョス・ローゼンバウム]と調べている人がいるみたいですが、ピンチョスはスペインのおつまみみたいな、ちっちゃい料理です。
間違える気持ちはわからなくもないですけど。
ウォーキング・ウィズ・エネミー《Walking with the Enemy》の、あらすじ|INSPIRED BY A TRUE STORY
1930年代からドイツの恩恵を受けていたハンガリーは1941年に枢軸国に加わったが、戦況の悪化をみてイギリスとの休戦交渉を始めた。それにカチンときたヒトラーは、ハンガリーの首都であるブダペストで、ナチの存在感と反ユダヤ法を強めていく。
街にナチが入ってきたのを見て、ラジオ修理屋のユダヤ人オーナー、ヨーゼフは彼の下で働く2人の若者、エレクとフェレンツを家に送り届ける。そして彼らにカトリック司祭からの偽造洗礼証明書を渡し、それを使ってハンガリーから家族と一緒に脱出するよう勧めるが、エレクとフェレンツ自身もハンガリーの労働奉仕団に強制的に入れられることになってしまう。
一方、スイスの外交官カール・ルッツは、ブダペストのグラスハウスで外交官事務所を運営している。スイスは一応、中立国(こうやって、なんだかんだで巻き込まれるが)であり、パスポートを持っていれば誰でも安全にハンガリーからスイスに向かうことができる。彼はユダヤ人たちに対し8,000枚の通行証を発行する許可を得た。
エレクとフェレンツは強制労働の作業中、連合軍の攻撃にあい、その混乱にまぎれて労働奉仕団を脱走。しかし、家に戻ると家族は追放されていた。家の中は荒らされており、エレクは保存しておいた家族写真の裏に洗礼証明書が貼ってあったのを見つける。
その頃、ハンガリーの摂政であるホルティは、密かにスターリンと連合国との休戦を交渉する。だがそれをナチに知られ、息子を拉致されたうえにブダ城(ブダペストにある城、日本で言えば皇居のような国会議事堂のような?)も襲撃される。
さらにはホルティの代わりに、ドイツ軍の息のかかったサーラシ・フェレンツ率いる矢十字党(Arrow Cross Party、ハンガリーの極右政党)が政権を握り、ナチと協力しながらユダヤ人を捕らえていく。
エレクとフェレンツはユダヤ人たちを救うための行動を開始、スイスの外交官カール・ルッツとも行動を共にするようになる。ある晩ナチの将校が、街で見かけたエレクの彼女ハンナを尾行し、ユダヤ人のグループが隠れている場所まで勝手についてきた。そして隣の部屋でハンナをレイプしようとするが、キレたエレクは彼らを殺す。
さらに、その将校たちの制服を奪って親衛隊の将校になりすまし、輸送するためにユダヤ人を集めるフリをしながら、何千人ものユダヤ人を安全な家屋に誘導して救っていく。
物語は、ブダペスト包囲戦でロシア軍が進行してきたところで終わる。エレクは、捕虜となったユダヤ人の中にいた少年に名前を呼ばれたため正体がバレて、SS中尉に撃たれる。さらにその中尉は、命令に従わない彼に嫌気がさしたドイツ軍司令官によって殺された。
そして13年後の1958年。ハンガリーでホロコーストを目撃したユダヤの少年はニューヨークに移住し、結婚式の主役となっていた。
2005年には、ブダペストでナチと矢十字党(ハンガリーの極右政党)に殺害されてドナウ川に投げ込まれた犠牲者を追悼するため、ブロンズ製の靴の記念碑が建てられた。
映像を見ると、そのオブジェたちは川の方を向いており、なんだか生々しくて痛々しくてツラくなります。
ウォーキング・ウィズ・エネミー《Walking with the Enemy》の見どころ|戦後ハンガリーの歴史を簡単に
日本・イタリア・ドイツ以外の枢軸国(英語: Axis powers)
連合国(アメリカ、ソ連、中国、イギリス、フランス、ほか)の敵である枢軸国は、日本・イタリア・ドイツの日独伊三国同盟をメインとして、ハンガリー、ルーマニア、フィンランド、ブルガリア、タイなんかが参加してました。
まぁ味方というよりも日本とドイツの傀儡国家(かいらいこっか)として支配・統制されてたから無理に参加させられたっぽいですけどね。
なんで全部複数形?
なんで日本では単数の場合もナチスって言うの?語感の問題ですか?
やはりアメリカ映画なので、アメリカをヒーロー的に描く場面を少しでも入れる
冒頭のダンスが、なんだかアメリカみたいな雰囲気。そもそもハンガリーのブダペストが舞台なのにアメリカ製作で、登場人物が英語を流暢に話しているという。アメリカ人が見ると吹き替え見てるような感覚なんでしょうか。
線路を修理する強制労働の現場で、ケガをして働けなくなったユダヤ人が殺されそうになった場面。突然襲ったアメリカ軍の攻撃が救う結果となり、なんかヒーローみたいに描かれててちょっと笑った。
ハンガリーは、戦後から1989年までソ連型社会主義体制の国でした
戦後の1949年から1989年まで、ハンガリーはソ連型社会主義の体制下にありました。第二次世界大戦では結局、ソ連に助けられた形でしたもんね。地理的にイギリスは遠かったし。
しかし、その後ハンガリーは1956年にソ連に反発して「ハンガリー動乱」を起こし、80年代後半からは急速に民主化を進めて、東欧における反共産主義革命の一翼を担いました。
かと思えば、2010年くらいからエネルギー依存などを理由に、また親ロシア方向に近づいているようで。まぁ人が死ぬようなことが無ければ、なんでもいいんですけど。
親衛隊(SS)中佐、アドルフ・アイヒマン登場
アドルフ・アイヒマンが登場する場面で「うわーアイヒマンだ」と声に出さずに叫んでしまいました。なお敗戦後、アイヒマンはアルゼンチンに逃亡し潜伏していたところ、モサド(イスラエル諜報特務庁)に見つかって62年に絞首刑となりました。
数百万人の殺しに関与していた男は、見た目めちゃ普通のおっさんだったというのは有名な話。
洗礼証明書とは
「洗礼証明書」は、キリスト教徒である証拠。つまり自分はユダヤ教徒ではないから殺さないでくれという訴えができるわけですね。まぁ紙切れ一枚なので偽造も普通にできたのでしょう。
今だと指紋認証なんかの技術があるから厳しかったでしょうが。これと、スイスの保護書簡(所持する家族がスイス公使館の保護下にあることを示す文書)が命を守る黄門印籠だったのです。
ハンガリーの極右超国家主義政党、矢十字党
「矢十字党」と日本語にするとダサいですが、英語だと "Arrow Cross Party" と言います。第二次大戦中のハンガリーにあった極右超国家主義政党です。簡単に言えばナチの味方です。収容所を仕切っていたのは、同胞のハンガリー人だったというのは切ない話。
なお、党首だったサーラシ・フェレンツは、1946年、絞首刑となりました。で、そのフェレンツに追い落とされたホルティ・ミクローシュと息子は、戦後に社会主義国となったハンガリーには戻れず、ポルトガルで生涯を終えました。
死刑になった人物と逃げることのできた人物
ナチの親衛隊員、ディーター・ヴィスリツェニーは1948年、絞首刑。
矢十字党のコヴァルツ・エミルは1946年、絞首刑。
一方、ドイツ軍の特殊部隊指揮官で、イタリアのファシズム指導者ムッソリーニを幽閉から出し、ヨーロッパで最も危険だと言われた男、スカーフェイスのオットー・スコルツェニーは1975年まで生きたとさ。
ウォーキング・ウィズ・エネミー《Walking with the Enemy》のキャストと予告編|Cast and Trailer
◎1h40m (2013)
- ヨーゼフ・グリーンバーグ(エレクとフェレンツが働いていたラジオ修理屋の店主):サイモン・クンツ
- エレク・コーエン(主人公、ナチの制服を着てなりすまし、ユダヤ人の同胞たちを救う):ジョナス・アームストロング
- フェレンツ・ヤコブソン(エレクの親友):マーク・ウェルズ
- カール・ルッツ(スイスの外交官、保護状を発行する):ウィリアム・ホープ
- ホルティ・ミクローシュ(摂政、つまり国王不在のハンガリー王国において元首):ベン・キングズレー
- サーラシ・フェレンツ(ファシスト、矢十字党の指導者):サイモン・ヘップワース
- ハンナ・ショーン(エレクの彼女):ハンナ・トイントン